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十一 - 9

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     「東風君、僕はその時こう思ったね。とうていこりゃ宵の口は駄目だ、と云って真夜中に来れば金善は寝てしまうからなお駄目だ。何でも学校の生徒が散歩から帰りつくして、そうして金善がまだ寝ない時を見計らって来なければ、せっかくの計画が水泡に帰する。けれどもその時間をうまく見計うのがむずかしい」
     
     
     「なるほどこりゃむずかしかろう」
     
     
     「で僕はその時間をまあ十時頃と見積ったね。それで今から十時頃までどこかで暮さなければならない。うちへ帰って出直すのは大変だ。友達のうちへ話しに行くのは何だか気が咎(とが)めるようで面白くなし、仕方がないから相当の時間がくるまで市中を散歩する事にした。ところが平生ならば二時間や三時間はぶらぶらあるいているうちに、いつの間(ま)にか経ってしまうのだがその夜(よ)に限って、時間のたつのが遅いの何のって、――千秋(せんしゅう)の思とはあんな事を云うのだろうと、しみじみ感じました」とさも感じたらしい風をしてわざと迷亭先生の方を向く。
     
     
     「古人を待つ身につらき置炬燵(おきごたつ)と云われた事があるからね、また待たるる身より待つ身はつらいともあって軒に吊られたヴァイオリンもつらかったろうが、あてのない探偵のようにうろうろ、まごついている君はなおさらつらいだろう。累々(るいるい)として喪家(そうか)の犬のごとし。いや宿のない犬ほど気の毒なものは実際ないよ」
     
     
     「犬は残酷ですね。犬に比較された事はこれでもまだありませんよ」
     
     
     「僕は何だか君の話をきくと、昔(むか)しの芸術家の伝を読むような気持がして同情の念に堪(た)えない。犬に比較したのは先生の冗談(じょうだん)だから気に掛けずに話を進行したまえ」と東風君は慰藉(いしゃ)した。慰藉されなくても寒月君は無論話をつづけるつもりである。
     
     
     「それから徒町(おかちまち)から百騎町(ひゃっきまち)を通って、両替町(りょうがえちょう)から鷹匠町(たかじょうまち)へ出て、県庁の前で枯柳の数を勘定して病院の横で窓の灯(ひ)を計算して、紺屋橋(こんやばし)の上で巻煙草(まきたばこ)を二本ふかして、そうして時計を見た。……」
     
     
     「十時になったかい」
     
     
     「惜しい事にならないね。――紺屋橋を渡り切って川添に東へ上(のぼ)って行くと、按摩(あんま)に三人あった。そうして犬がしきりに吠(ほ)えましたよ先生……」
     
     
     「秋の夜長に川端で犬の遠吠をきくのはちょっと芝居がかりだね。君は落人(おちゅうど)と云う格だ」
     
     
     「何かわるい事でもしたんですか」
     
     
     「これからしようと云うところさ」
     
     
     「可哀相(かわいそう)にヴァイオリンを買うのが悪い事じゃ、音楽学校の生徒はみんな罪人ですよ」
     
     
     「人が認めない事をすれば、どんないい事をしても罪人さ、だから世の中に罪人ほどあてにならないものはない。耶蘇(ヤソ)もあんな世に生れれば罪人さ。好男子寒月君もそんな所でヴァイオリンを買えば罪人さ」
     
     
     「それじゃ負けて罪人としておきましょう。罪人はいいですが十時にならないのには弱りました」
     
     
     「もう一返(ぺん)、町の名を勘定するさ。それで足りなければまた秋の日をかんかんさせるさ。それでもおっつかなければまた甘干しの渋柿を三ダースも食うさ。いつまでも聞くから十時になるまでやりたまえ」
     
     
     寒月先生はにやにやと笑った。
     
     
     「そう先(せん)を越されては降参するよりほかはありません。それじゃ一足飛びに十時にしてしまいましょう。さて御約束の十時になって金善(かねぜん)の前へ来て見ると、夜寒の頃ですから、さすが目貫(めぬき)の両替町(りょうがえちょう)もほとんど人通りが絶えて、向(むこう)からくる下駄の音さえ淋(さみ)しい心持ちです。金善ではもう大戸をたてて、わずかに潜(くぐ)り戸(と)だけを障子(しょうじ)にしています。私は何となく犬に尾(つ)けられたような心持で、障子をあけて這入(はい)るのに少々薄気味がわるかったです……」
     
     
     この時主人はきたならしい本からちょっと眼をはずして、「おいもうヴァイオリンを買ったかい」と聞いた。「これから買うところです」と東風君が答えると「まだ買わないのか、実に永いな」と独(ひと)り言(ごと)のように云ってまた本を読み出した。独仙君は無言のまま、白と黒で碁盤を大半埋(うず)めてしまった。
     
     
     「思い切って飛び込んで、頭巾(ずきん)を被(かぶ)ったままヴァイオリンをくれと云いますと、火鉢の周囲に四五人小僧や若僧がかたまって話をしていたのが驚いて、申し合せたように私の顔を見ました。私は思わず右の手を挙げて頭巾をぐいと前の方に引きました。おいヴァイオリンをくれと二度目に云うと、一番前にいて、私の顔を覗(のぞ)き込むようにしていた小僧がへえと覚束(おぼつか)ない返事をして、立ち上がって例の店先に吊(つ)るしてあったのを三四梃一度に卸(おろ)して来ました。いくらかと聞くと五円二十銭だと云います……」
     
     
     「おいそんな安いヴァイオリンがあるのかい。おもちゃじゃないか」
     
     
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