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十 - 19

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     「でも、わたし、いやなんですもの」と読売新聞の上から眼を放さない。こんな時に一字も読めるものではないが、読んでいないなどとあばかれたらまた泣き出すだろう。
     
     
     「ちっとも恥かしい事はないじゃありませんか」と今度は細君笑いながら、わざと茶碗を読売新聞の上へ押しやる。雪江さんは「あら人の悪るい」と新聞を茶碗の下から、抜こうとする拍子に茶托(ちゃたく)に引きかかって、番茶は遠慮なく新聞の上から畳の目へ流れ込む。「それ御覧なさい」と細君が云うと、雪江さんは「あら大変だ」と台所へ馳(か)け出して行った。雑巾(ぞうきん)でも持ってくる了見(りょうけん)だろう。吾輩にはこの狂言がちょっと面白かった。
     
     
     寒月君はそれとも知らず座敷で妙な事を話している。
     
     
     「先生障子(しょうじ)を張り易(か)えましたね。誰が張ったんです」
     
     
     「女が張ったんだ。よく張れているだろう」
     
     
     「ええなかなかうまい。あの時々おいでになる御嬢さんが御張りになったんですか」
     
     
     「うんあれも手伝ったのさ。このくらい障子が張れれば嫁に行く資格はあると云って威張ってるぜ」
     
     
     「へえ、なるほど」と云いながら寒月君障子を見つめている。
     
     
     「こっちの方は平(たいら)ですが、右の端(はじ)は紙が余って波が出来ていますね」
     
     
     「あすこが張りたてのところで、もっとも経験の乏(とぼ)しい時に出来上ったところさ」
     
     
     「なるほど、少し御手際(おてぎわ)が落ちますね。あの表面は超絶的(ちょうぜつてき)曲線(きょくせん)でとうてい普通のファンクションではあらわせないです」と、理学者だけにむずかしい事を云うと、主人は
     
     
     「そうさね」と好い加減な挨拶をした。
     
     
     この様子ではいつまで嘆願をしていても、とうてい見込がないと思い切った武右衛門君は突然かの偉大なる頭蓋骨(ずがいこつ)を畳の上に圧(お)しつけて、無言の裡(うち)に暗に訣別(けつべつ)の意を表した。主人は「帰るかい」と云った。武右衛門君は悄然(しょうぜん)として薩摩下駄を引きずって門を出た。可愛想(かわいそう)に。打ちゃって置くと巌頭(がんとう)の吟(ぎん)でも書いて華厳滝(けごんのたき)から飛び込むかも知れない。元を糺(ただ)せば金田令嬢のハイカラと生意気から起った事だ。もし武右衛門君が死んだら、幽霊になって令嬢を取り殺してやるがいい。あんなものが世界から一人や二人消えてなくなったって、男子はすこしも困らない。寒月君はもっと令嬢らしいのを貰うがいい。
     
     
     「先生ありゃ生徒ですか」
     
     
     「うん」
     
     
     「大変大きな頭ですね。学問は出来ますか」
     
     
     「頭の割には出来ないがね、時々妙な質問をするよ。こないだコロンバスを訳して下さいって大(おおい)に弱った」
     
     
     「全く頭が大き過ぎますからそんな余計な質問をするんでしょう。先生何とおっしゃいました」
     
     
     「ええ?なあに好(い)い加減な事を云って訳してやった」
     
     
     「それでも訳す事は訳したんですか、こりゃえらい」
     
     
     「小供は何でも訳してやらないと信用せんからね」
     
     
     「先生もなかなか政治家になりましたね。しかし今の様子では、何だか非常に元気がなくって、先生を困らせるようには見えないじゃありませんか」
     
     
     「今日は少し弱ってるんだよ。馬鹿な奴だよ」
     
     
     「どうしたんです。何だかちょっと見たばかりで非常に可哀想(かわいそう)になりました。全体どうしたんです」
     
     
     「なに愚(ぐ)な事さ。金田の娘に艶書(えんしょ)を送ったんだ」
     
     
     「え?あの大頭がですか。近頃の書生はなかなかえらいもんですね。どうも驚ろいた」
     
     
     「君も心配だろうが……」
     
     
     「何ちっとも心配じゃありません。かえって面白いです。いくら、艶書が降り込んだって大丈夫です」
     
     
     「そう君が安心していれば構わないが……」
     
     
     「構わんですとも私はいっこう構いません。しかしあの大頭が艶書をかいたと云うには、少し驚ろきますね」
     
     
     「それがさ。冗談(じょうだん)にしたんだよ。あの娘がハイカラで生意気だから、からかってやろうって、三人が共同して……」
     
     
     「三人が一本の手紙を金田の令嬢にやったんですか。ますます奇談ですね。一人前の西洋料理を三人で食うようなものじゃありませんか」
     
     
     「ところが手分けがあるんだ。一人が文章をかく、一人が投函(とうかん)する、一人が名前を借す。で今来たのが名前を借した奴なんだがね。これが一番愚(ぐ)だね。しかも金田の娘の顔も見た事がないって云うんだぜ。どうしてそんな無茶な事が出来たものだろう」
     
     
     「そりゃ、近来の大出来ですよ。傑作ですね。どうもあの大頭が、女に文(ふみ)をやるなんて面白いじゃありませんか」
     
     
     「飛んだ間違にならあね」
     
     
     「なになったって構やしません、相手が金田ですもの」
     
     
     「だって君が貰うかも知れない人だぜ」
     
     
     「貰うかも知れないから構わないんです。なあに、金田なんか、構やしません」
     
     
     「君は構わなくっても……」
     
     
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