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十 - 5

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     さすがに子供はえらい。これほどおやじが処置に窮しているとは夢にも知らず、楽しそうにご飯をたべる。ところが始末におえないのは坊ばである。坊ばは当年とって三歳であるから、細君が気を利(き)かして、食事のときには、三歳然たる小形の箸(はし)と茶碗をあてがうのだが、坊ばは決して承知しない。必ず姉の茶碗を奪い、姉の箸を引ったくって、持ちあつかい悪(にく)い奴を無理に持ちあつかっている。世の中を見渡すと無能無才の小人ほど、いやにのさばり出て柄(がら)にもない官職に登りたがるものだが、あの性質は全くこの坊ば時代から萌芽(ほうが)しているのである。その因(よ)って来(きた)るところはかくのごとく深いのだから、決して教育や薫陶(くんとう)で癒(なお)せる者ではないと、早くあきらめてしまうのがいい。
     
     
     坊ばは隣りから分捕(ぶんど)った偉大なる茶碗と、長大なる箸を専有して、しきりに暴威を擅(ほしいまま)にしている。使いこなせない者をむやみに使おうとするのだから、勢(いきおい)暴威を逞(たくま)しくせざるを得ない。坊ばはまず箸の根元を二本いっしょに握ったままうんと茶碗の底へ突込んだ。茶碗の中は飯が八分通り盛り込まれて、その上に味噌汁が一面に漲(みなぎ)っている。箸の力が茶碗へ伝わるやいなや、今までどうか、こうか、平均を保っていたのが、急に襲撃を受けたので三十度ばかり傾いた。同時に味噌汁は容赦なくだらだらと胸のあたりへこぼれだす。坊ばはそのくらいな事で辟易(へきえき)する訳がない。坊ばは暴君である。今度は突き込んだ箸を、うんと力一杯茶碗の底から刎(は)ね上げた。同時に小さな口を縁(ふち)まで持って行って、刎(は)ね上げられた米粒を這入(はい)るだけ口の中へ受納した。打ち洩(も)らされた米粒は黄色な汁と相和して鼻のあたまと頬(ほ)っぺたと顋(あご)とへ、やっと掛声をして飛びついた。飛びつき損じて畳の上へこぼれたものは打算(ださん)の限りでない。随分無分別な飯の食い方である。吾輩は謹(つつし)んで有名なる金田君及び天下の勢力家に忠告する。公等(こうら)の他をあつかう事、坊ばの茶碗と箸をあつかうがごとくんば、公等(こうら)の口へ飛び込む米粒は極めて僅少(きんしょう)のものである。必然の勢をもって飛び込むにあらず、戸迷(とまどい)をして飛び込むのである。どうか御再考を煩(わずら)わしたい。世故(せこ)にたけた敏腕家にも似合しからぬ事だ。
     
     
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